2015/04/19

いじめはリンチである。5(On bullying 5)






もうひとつ、ついでに書きたすと、私の場合、思い込みとしての、国家、国体、国民、(ネイション、という言葉が、あてられる)の純潔,純血、神聖な境界、を破ったものとして、ニホンジンでもなく外人でもない、最も汚らわしいもの、自然の掟を破ったもの、醜いアイノコとして、先に述べた教師からさえも 扱われたことが多かった。
おのずと それではそんなに皆が あがめ拝んでいる大切な、ナショナルというものとはなんなのか、に深い疑問をもたずにはいられなかった。当時は、今よりはるかに ニホンジンは単一文化、単一民族、そして日本語は外人には難しすぎてマスターできない、できる外人は、それこそ変な外人だ、という神話が、何の疑問もなく受け入れられていた時代だった。たとえば、キンパツの(アイノコ)が(本物)の日本人の子より丁寧な日本語を操るのは 実にけしからんことであったわけだ。 

それでは、日本と逆に多重言語、移民国家、多重民族を標榜する他の国では いかに群れの論理が成立してゆくのか。ナショナリズム、国家、集団のアイデンテイテイ等 どのように、その社会に住む個人がとらえているのか。場所をかえて、同じ現象を見てみたくなった。

2015/04/13

いじめの謎を、追い求めて 1





カナダという国は、豊穣なイメージをそそる国だ。森と河川と広大な国土、豊かで清潔な文化、暴力沙汰のない 完璧な治安。偏狭な精神と窮屈な風土から逃れようとしていた私に、カナダと言う言葉は幻想を持たせた。
私は、ある国立大学の修士課程の入学説明書を読んでいた。日本語、英語 ドイツ語、フランス語に多重なつながりを持つ家庭に育ち、そのうち三つをまあ、身につけた私は、言語そのものを目的とする学問には興味は無かった。大学生になにを勉強しているかときいて、よく、英語をやっています、フランス語をしています、という返事をきく。ところが 習った言語で、何を考え いいたいのかは、は残念ながら質問されない。
私は、何語でもいいから、一体自分が 一生何を探究してゆきたいのかを考えていた。言葉は、この目的を果たすための、単なる道具に過ぎない。言語を一つしかあやつれなくても,吐露すべき内容が頭にあれば、給金を払い、翻訳サービスを頼めば良いだけの話だ。言語がいくつか操れるということは便利ではあるが、それだけではあまり、私にとって意味のあることでは無かった。単なる、ファッションとしてのバイリンギャル、トライリンギャル、なら大勢いる。取り立てて騒ぐ程のことではない。

それでは、何を問題としたら 私の血はたぎるか。何語でも良いから、ものをいいたくなるか。ここで再び、私の心は小学校の、あの群れの中にかえっていった。あの人間集団の醜さを前にして、いたみながら、私の中のある部分は、この環境を観察していた。水族館の水中トンネルにはいり、ガラスのこちら側から鬼ヒトデが珊瑚にむしゃぶりつくさまを、一種の感銘をもってみいる観客のようなものだ。たまたま自分が餌食の珊瑚であっても、現象そのものの興味深さを把握することはできる。

2015/04/09

知りたい、と思う心





この奇妙な、下手な人が作ったワンコのプラモデルのようなものは、
いったいなんだか、知っていますか。

これは、キュリオシティ。英語で、「好奇心」、という名前の、探索機。

この機械が、今、地球のお隣の惑星、火星で、たったひとりで、火星の表面を走り、あの赤い乾いた岩を掘り出し、砕き、そして、探索しているのですよ。私たち人間がまだゆくことができないので、その代わりにこの探索機が火星に送られたのです。彼は、休むことなく、いったい私たちのお隣の惑星には何が隠されているのかを探し求め、私たちに、その謎を解くための鍵となる情報を送ってきているのです。

私たちの祖先が、夜空を見上げ、お星様に不思議を感じてから、ずっと、人はわからないことを前に、考え、思いつき、間違っては、再び答えを求めてきました。

わからないことを前に、戸惑い、答えを探し求め、間違えては、再びどうしてなのだろう、と考えてゆくこと。


わからない、と気づくこと。そして、それを知りたいって思うこと。これは、もうなんでも知ってる、わかりきってるじゃない、と思うより、よっぽど面白い。

お星様のことを勉強している人に、ニール・ドグラース・タイソンという先生がいます。その人は、こう言いました。
今まで、当たり前で、わかりきっていてつまらない、と思っていたことの後ろに、本当はものすごく素晴らしい謎が隠されている、と。

好奇心。知りたい心。誰かが言ったから、というだけでそれを丸ごと信じないで、自分で考えたくなること。自分で確かめてみたくなること。頭の冒険旅行です。

いじめられて苦しんでいる皆さん。今は、人の心無い言葉や意地悪のために、檻の中に入って出られない、と思っている皆さん。君たちは、限りなく自由です。君たちの心を閉じ込められる檻などない。さあ、問いかけてみよう。なぜなの?わからない?本当はどうなのって?

そして、探索してみよう。キュリオシティ。好奇心。心の旅は、始まったばかり。


キュリオシティ君が、どうやって火星に送られたかは、もう、ものすごい冒険です。それを知りたい人は、下のヴェイデオを見てね。英語だけど、、日本語の字幕が出てくる。
もうそれはたくさんの人々が長いこと力を合わせて、これを送りました。




2015/04/04

一息タイム。 何かに心とらわれてみよう。。。





君たちは、何か好きなことが、あるだろうか?
絵を描くのもいい、
アリの観察でも、
ただ雲を見つめることでもいい。
何かが君たちの心を捉えたら、
君たちのラッキ〜タイム!
この小さなヴィデオは、
私の紙の動物園のうちの一匹を見せている。

何か作っていると、苦しみを忘れることができる。

なんでもいい。
下手だろうが上手だろうが、全く構わない。
楽しくで、時間が経つのを忘れてしまうこと。

見つけてみよう。